自走することの大切さを改めて振り返ってみた。

自走することの大切さ、本当に知っていますか?

この記事で言いたいことはこの一点です。

そもそも、自走について

自走とは他の動力によらず、自身の動力で走ること。

つまりは、他人に言われたからとか、なんとなく行うのではなくて、自分で考えて行動することがここで言いたい自走です。

なぜ、自走が大切なのか

この結論に至った背景として、僕の大学1年生と2年生の時の経験がある。
僕は大学生活、特に1・2年生の時にステータス結果を重視してきた。

ステータスと結果があれば、就活はうまくいくと打算的に考えていた、、

今思えば、この発想は非常に無意味かつ、無駄な考えであった

当時の僕はこのステータスと結果を追求し、労力を抑えて結果をだすことを軸としていた。
したがって、この軸ではニッチな分野や優秀なコミュニティに所属して賞を狙うことが最善の策であった。
言い方を変えると、勝ち馬に乗ることをしていたのだ。

ステータスや結果が僕自身の努力で掴んだものであれば構わないが、
基本的にコミュニティ自体のレベルが高い、もしくは勝てる土俵なだけでそのコミュニティの中では僕は指示待ちの駒にすぎなかった

したがって、賞は取れたものの「中身のない結果」を生むことをしてしまった。
そして、この中身のない経験を大学1年生、2年生の大部分に費やしてしまった。

当時に僕はレイヤーの高いコミュニティに所属すれば、必然的に優秀になることができると感じていた。
この事実に関しては、ある意味では正であり負であると感じる。

正である場合は、コミュニティがクローズドなもので難関な試験をパスしなければならない時や一定の期間で結果を出さないと評価をされない場合の時に起きる。
つまりは、コミュニティに対して何かしらのバリューを出し続けなければ居場所を失ってしまうパターンや周りと協力や競争することが求められる場合に限り、その結果として優秀になることができる。

一方で、負の場合は、コミュニティに入ったことがゴールになる場合や組織の指示待ちの駒であっても評価される時に生じる。
組織内にいることにステータスを感じているために成長意欲が下がり、また指示をこなすだけで組織がなんとか回るのでハングリーさも消えてしまう。もちろん、この組織で指示を出す役割を掴むことができれば別である。

僕はこの後者である、コミュニティに入ることをゴールとしていた
したがって、上長の指示をこなすことで満足していた
その結果、「中身のない結果」が僕にはたくさんある。

僕は幸い大学2年生の12月にこの事実に気がつくことができたので良かったが、就活をしてみると多くの学生が「中身のない結果」を使っていることに気がつく。
そのような学生をみると非常にもったいなく感じてしまう。

挑戦をしない学生よりも挑戦している学生の方が優秀であるのは当然であるが、
結果として挑戦をした学生が挑戦していない学生と同等のものしか得ていないのは酷なことであるためだ。

レイヤーの高いコミュニティであっても上長の指示を我慢しながらひたすらこなすことは労力の無駄使いである。
ひたすらこなしているものに対して自分なりの価値を見出してPDCAを回すことができていれば話は別である。

結論

レイヤーの高いステータスを固執するのではなく
自身が自走できる環境に所属することが学生生活を送る上で最善の策であるのではないかということである。

この自走できるコミュニティを一つでも見つけることができれば、学生生活が豊かになるだけでなくガクチカに困ることはないんじゃないかな。

と、1年前のメモと記憶を遡り改めて記事にしてみました。

マコト
この時の反省をバネに班をマネジメントすること決めた訳で、今となっては感慨深い。
あれからもう一年、、
早い、、

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ABOUTこの記事をかいた人

Mako

MARCH(明治・青山・立教・中央・法政)の某大学に通う4年生。専攻分野は金融・証券、特に企業の内部統制について。就活中の気づきや有益な情報を配信するためにブログを開設(2018年5月〜)。志望業界は主にITや広告など。